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あんしん想祭>そうそうコラム
あんしん葬祭のバーチャル記者が様々な視点で葬儀を見つめました。
 
あんしん想祭 葬儀コラム記者
葬儀本来の役割や家族葬に関するトレンドを探りながら、葬儀従事者の経験を活かしてあらゆる葬送シーンを考えてまいります。
あんしん想祭記者はインターネット上の記事において、とき折々を取り上げて皆様と考えてまいりたいと思います。ご葬儀ご法事に関するお問い合わせは、メール又はお電話にてお気軽にご利用下さい。
葬送突撃レポート ・ あんしん想祭ワンポイントアドバイス
 
 
 
 
■お悔やみ 型より気持ち
2008年5月8日 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/news/mixnews/20080508ok04.htm

◆ あんしん想祭コラム記者
葬儀の小型化、家族葬化は系外的なお付合いを嫌い事から、本当に故人にご縁の会った方だけでのお葬式がしたいという考えから生まれた、お葬式の形になりますが、そうした考えが、お悔やみの気持ちに反映する流れは当然と言ってもいいのかもしれません、お金で表す弔意を如何にして気持ちをこめたものに変化させてゆくか、大変興味のある記事でした。お悔やみカードなるもの早速入手してみたいと思います。
 
 
 
■自殺問題:深刻化…浄土真宗本願寺派、調査へ−−全寺院対象、中旬から
毎日新聞 2008年5月5日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080505ddm041040103000c.html

◆ あんしん想祭コラム記者
自殺が社会問題として悩ましい状況が続いている。あんしん想祭においても、自殺者の葬儀と言う事で苦労をしている担当者などの話もレポートされる事がある。記者もその昔葬儀に従事していた経験から、自殺がもたらす闇に触れるたびにけして許される事ではないと常に感じている。
警察庁の調べでは98年度以降毎年3万人の自殺者がいると言う。こうした毎日80人を超える自らの命を絶つ人の心の闇は一体なんであろうか?浄土真宗本願寺派の取組には評価をしたい想いである。
あんしん想祭では、こうした自殺者に関して何とかその衝動を止めたいと言う思いや、高齢者の在宅見取りに関して、葬送を語る立場から何かお話できるものが無いかと常に考えている。浄土真宗本願寺派の11月のフォーラムに注目したい。
 
 
 
■棺もエコの時代へ 段ボール素材でCO2削減
岐阜新聞 2008年05月03日10:38
http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20080503/200805031038_4701.shtml

◆ あんしん想祭コラム記者
ダンボール性の棺が登場して暫く立ちますが、時折こうして話題になっています。環境保護という観点からはとても大切な事だと思われますが、環境を考える場合はどうしても日常からとなってしまうのか、葬儀のように非日常になるとエコという考えにはなかなか至らないのが現状なのだと考えられます。
コストの面もあるようで、少々割高なのですね、ですから、「どちらにしますか?」と言うような問いかけでは、利用者のニーズが高まらないのではないでしょうか、それでもこうして、提供業者として準備をする葬儀社がいるという事は一定の評価に値するのではないでしょうか、さらに、全ての棺をダンボール棺で低価格を実施できた葬儀社のニュースの登場を待ちたいところです。
 
 
 
■香典返し詐取:男を詐欺罪で起訴−−金沢地検 /石川
毎日新聞 2008年4月29日 地方版
http://mainichi.jp/area/ishikawa/news/20080429ddlk17040464000c.html

◆ あんしん想祭コラム記者
近年は葬儀後に様々雑務を残さないという風潮が全国的に聞かれるようになっており、香典返しにおいても当日に「即礼品」として、お支度をされる事がふえているようです。そんな葬儀事情を利用した詐欺のように見えるが、記者はこの記事を読むにつれ、お香典という概念も相場観があり一般的な金額で無いと容認されないようになってきていると感じた。そうなると100円の香典は論外かもしれない。
 
 
 
■【葬儀本(そうぎぼん)】
2008年04月18日
http://www.news2u.net/NRR200830413.html

◆ あんしん想祭コラム記者
葬儀情報をインターネットで得たいという生活者が増えているという、そうした実感はあんしん想祭においても、益々確実な事として捉えています。記事のサイトは生活者が自らの選択肢がぶれないようにと、あらゆる情報を網羅して、葬儀社の選択においてもよく判断ができるようにしていることがすばらしいと実感をした。しかしながら、ことが葬儀普段から読まれているか否かは、当サイトも同じ悩みを持ち膨大な資料もお読みいただくご負担を考えると試行錯誤は否めないだろう。比べて当あんしん想祭は、一本の電話によるアドバイザーに徹して展開をしてまいります。多くの記事は、時折このサイトを訪れた時にご参考としてご覧ください。
 
 
 
■葬儀狙い自爆テロ、多数死傷 アルカイダ系か イラク
2008年04月17日
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200804170033.html

◆ あんしん想祭コラム記者
葬儀で警備がうすくなったことを狙っての自爆テロとか、政事や戦争についてのコメントをあえて避けさせていただくが、日本においてもお葬式というシーンにおいては、助け合いが基本的に存在していた。家族を失った遺族への思いはそうしてみなが支えてきた事だと思われる。この事件では新たに42名の死者を生んでしまったという悲しい事実がある。悲しみに悲しみを重ねてしまった事実になんともやりきれない思いが残る。
 
 
 
■仙台市、葬祭業者を告発 遺品など無許可収集
2008年04月16日水曜
http://www.kahoku.co.jp/news/2008/04/20080417t13039.htm

◆ あんしん想祭コラム記者
廃棄物収集・運搬業の許可を受けずに遺品や仏具をお焚き上げと称して、実際はお焚き上げもせずに処分場へ運んでいたという事実で、仙台で告発をされた業者の記事である。実際問題として、単身者世帯や高齢化社会において、益々遺品は粋に関する需要は高まってくると記者は想像している。その際には業者資格の有無までは確認が出来ないのが現状である。さらに、野焼きという廃棄物の償却もダイオキシン問題から葬館単ではなくなってくるのではないかと思われる。そういった意味では消費者のレベルでは防ぎようの無い事件ではあるが、少なくともお焚き上げとして託したものには、供養を前提にした処分をお願いしたいものである。
 
 
 
■葬儀に参加、霊柩車奪う 車内に遺体なく 酩酊の男
2007年11月3日14時44分配信 神戸新聞
http://www.cnn.co.jp/fringe/CNN200711030012.html

◆ 弔(とむらい)です。
世界は広いと言わざるをえない事件が発生、只霊柩車に勝手に乗れる葬儀ってどうなんでしょうか?しかしこの男お葬式の最中に突然に海が見たくなったといういい訳は通用したのでしょうか?気になるのは残った遺族とご遺体です。
 
 
 
■葬儀セミナー盛況 自ら学び準備を
2007年11月3日12時38分配信 神戸新聞
http://www.kobe-np.co.jp/news/kurashi/0000728608.shtml

◆ 弔(とむらい)です。
確かに、記者も葬儀がタブーでなくなってきた感じを受けています。一般に葬祭セミナーを開催するとそれに出席することすら怪訝そうにされた時代はほんの少し前のこと、気になるのは金額を語ることが増えているようですが、本来のお別れというテーマを多く方ってほしいと思うことが多くあります。
 
 
 
■ノリック通夜に2000人…戒名「正道院弐輪英雄典久大居士
2007年10月13日8時2分配信 スポーツ報知
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071013-00000074-sph-spo

◆ 弔(とむらい)です。
コラム掲載が滞り気味で申し訳ありませんでした。突然ですがコラムパートナーのセレモ・ニーナが記者を退任されました。残念ですがこれからの彼女の活躍を期待して私弔勉(とむらいつとむ)これからもがんばりますのでよろしくお願いいたします。

突然と言えば、ノリックことレーシングライダー阿部典史さんの葬儀が本日終了しました。報道からも多くの弔問があったと聞き今回は、謹んで献花にお伺いをさせていただきました。弔勉(とむらいつとむの)突撃レポートです。
先ずは阿部選手、心からのご冥福をお祈りいたします。

報告は弔勉の葬儀突撃レポートにてご覧下さい

 
 
 
■「ピンポン!」葬儀取材にTシャツ短パン
2007年08月08日
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2007/08/08/11.html

◆ 弔(とむらい)です。
葬儀を公共の電波で報道する。ましてや公人でない場合のケースである。
局の姿勢とかそういった問題は控えさせていただきたいが、国民の興味と言うものの為に、ある意味報道の存在があるのは仕方のないことだと思います。しかしながら、やはりお葬式は故人や遺族のものであり、厳粛なお別れの場であると考えたときこの様な対応がされたことは非常に悲しいと感じました。

◇ ニーナです。
改めて認識させられたお葬式のマナーの重要性ですね。取材とは言え、お葬式に接する姿勢は問われるものだと思います。
どのような目的であれ、ご遺族に対する気持ちをきちんと持っていれば、自らが報道されるようなことにはならなかったのではないでしょうか。
 
 
 
■伝統的な葬儀スタイルを廃止に
2007年07月06日
http://www2.explore.ne.jp/news/article.php?id=6705&r=tj

◆ 弔(とむらい)です。
長い長い歴史を持つ国、急激な経済発展からあっという間に世界の工場から転じて消費大国へ変貌を遂げた中国ですが、最近はキャラクターやライセンスの問題、食品の安全性などからもその名前を見かけることがあります。国際社会への変貌は来るオリンピックに向けて急務なのでしょう、葬儀もその流れを受けての変貌のようです。
わが国に葬儀においても伝統は護られているようで、結構大きな変化を遂げていると思います。そうしてみるとお葬式は常に時代によって変化をしていると言うことを再認識させられる記事でありました。

◇ ニーナです。
中国の伝統的な葬儀の様子が変わっていくということが書かれていますが、これは深刻なことと、戸惑いを現地の葬儀社は受け止めていることでしょうね。
葬儀社だけではなく、市民もこれまでの伝統的な葬儀の習慣を変えていかなければならない戸惑いは大きいことと思いますし、寂しいことでもありますね。
しかし、環境に配慮することの目的としては、大事なことの一つでもあり、無駄にしないことが重要なのですが、それにしても第一段階から第四段階までと厳しい内容がずらり・・・

日本ではまだまだ昔からのしきたりやら、習慣を大事に重んじる傾向があることで、少しはホッとする気持ちになりますが、でも、大事なのことは葬儀は人生の最後のステージとして形式や、慣習にあまりとらわれずに一人ひとりの個性が出せる葬儀を考えていけたらいいのではないかと考える次第です。

 
 
 
■ZARD坂井泉水さん 最後のお別れ
平成19年6月29日
6月27日「偲ぶ会」が青山葬儀所で執り行われました。
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20070627i304.htm (読売新聞)

◇ ニーナです。
やはり、予想以上の人がお別れに訪れていたそうで、徹夜された方からはるばる遠方からお別れに訪れた方もたくさんいたとのことで、時間を延長して執り行われていました。 まさに「社会現象」とまでなった坂井さんの「偲ぶ会」は名の通り多くの方々が別れ偲ばれた様子はメディアを通して伝わるものがありました。
音楽を通してたくさんの方たちに勇気と元気を与えてくれた坂井さんは、亡くなられた今でも多くの方たちの心の中で生き生きとし、メッセージを送り続けているように感じられました。
ファンの方たちが最後のお別れの言葉で「ありがとう」と言われていましたが、やはり私もお別れの言葉とするならば同じ気持ちになりました。
「坂井さん、ありがとう」
 
 
 
■日刊ゲンダイに「あんしん想祭ネット」
平成19年4月14日
日刊ゲンダイに「あんしん想祭ネット」が写真を提供する。
記事は現代の葬儀ビジネスの様変わりを題材に、新進といわれる葬儀社や老舗の葬儀社、外資系の葬儀社を取り上げてそれぞれの葬儀についてのコメントも載せている。
「あんしん想祭ネット」も取材を受けながらも、今回は実務を行う葬儀社にスポットが当てられた記事に構成されている。当社の提供した写真は「あんしん想祭ネット」をご利用いただいている方からの投稿によるものです。20年前の葬儀と言うことで掲載をさせていただきましたが。ご自宅での葬儀の様子を的確に表現した写真になっています。

◆ 弔(とむらい)です。
あんしん想祭ネットでは写真提供にとどまりましたが、ほんの20年前のお葬式と現在のトレンドを探るようなお葬式は、目を見張るほどの変化が起こっているのを改めて実感しています。どうしても新しい葬儀社とか歴史の有る葬儀社、外資系の葬儀社と言う対比構造はメディアの表現になりますが、現在はどの葬儀社さんもかなりキチンと予算等の表現をされています。私はもう他社批判のような葬儀広告ではなくて、自らが何が出来る葬儀社であると語り始めても良いのではないかと感じていますが、この記事を読んでそれぞれのコメントの明暗に改めて実感いたしました。

◇ ニーナです。
葬儀ビジネスの様変わりのという変化なかで、それぞれの生き残りをかけて、あらゆる模索を続けている葬儀社も多い中、本来の葬儀とは?と、もう一度本来のお別れの心を考える時なのではないかと感じました。
 
 
 
■最後の思いと向き合う
平成19年4月5日
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/feature/20070404ik05.htm(読売新聞)

◆ 弔(とむらい)です。
エンディングと言うテーマに身を置きながら、さまざまな情報に翻弄される日々でついつい価格に目をやりがちな私は、こうした記事で本来の葬儀やお別れについて向かうことの意義に立ち返ることが出来る。と言うよりも葬儀情報の全体がその形骸的なものに囚われ過ぎているのかもしれない。
生と死のまさに狭間の現場で働いている方々の、しかも少しでも生という状況にこだわり続けるのが使命である仕事に付いた方の死に直面した時の心の葛藤、氏の「心が痛い」と言う言葉が音叉のように響く、そうした方の死を受け入れた家族がお葬式に直面した時、この方々の心の痛みはどれだけの葬儀社が、癒すことをお手伝いできているのだろうか?
近年の葬儀の小規模化は葬儀料金の工夫のみならず、近親者による家族葬こそが利用者(生活者)の手により模索をされた癒しの結果なのかもしれない。

◇ ニーナです。
「死」と向き合うことの恐ろしさ、そして絶望の淵に立たされた時私だったらどうするんだろう・・・
「心が痛い」と言った言葉、自分が医者であり全てがわかるだけに苦しかったことでしょう。
傍らで看護し続ける家族、そして看護師の思いの深さを痛感致します。医学は進歩しているとはいえ、現段階ではどうしようも出来ない病気との闘い、死の宣告、そして「死」・・・
幾度も考えさせられます。患者さんにとって心のケアは最も大事です、また同時に亡くなられたご遺族の方の心のケアも今後考えていかなければいけない一つだと思います。
 
平成19年3月の記事→